自分たちが“意味づけ”られる、手垢のついてない言葉

最近の言葉が乱れている、なんてクソつまらない話をしたい訳じゃないです。

言葉が新しい使われ方をする1つの傾向のようなものが浮かんだので、書き留めておきます。

若者ことばって言えば、僕はMK5だ、Out of 眼中だ、なんかとっても造語感が漂う物を中学生くらいの時に片田舎のTVで「へ~」って見てた世代です。

ネットスラングも次から次へと生まれてくるので、昔は、「若者が新しい言葉を作っていき、それはこれからも変わらない」くらいに思ってたんですが、もう1つのパターンがあることにやっと気づきました。

「にわか」だとか、「オニ」だとか、比較的古くからある言葉に新しいニュアンスをくっつけて、仲間内で流行らせるって使い方です。

この例を見ると、「素人」だとか「超」だとか、既に使用頻度が高いことばを使ってしまうと、なんというか意味を規定される強度が高くなってしまう。

明確に規定された言葉では、若者特有のあんにゅいさってものを乗っけるには、カッチリしすぎてるんじゃないだろうか?

使用頻度が低い言葉であれば、そこにある程度の自由度が存在していて、自分たちがニュアンスを付加する余地が多いのです。

んで、これは言葉が変化していく際の1つのパターンなんだろうなと思う。今あるものでは、何か表現しきれない「余白」のような感覚を、耳障りの新しい、手垢のついていない言葉を使って、恐らく表情や語調で「余白」を表現しながら、その「余白」の乗り移る余地のある言葉を使って、ぴたりとこさす。

というか、従来の言葉のぴったりこない感覚を切り捨てる行為ともとれなくないか。

僕も、バカとか頭が悪いとかいう言葉の強すぎるニュアンスを軽減するために、あんぽんたんと人に言うことがある。

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