乙女をゲスのように

件のスキャンダルを私がどう消費していたかということ

 

 

もう、こればっかり聴いてた。

 

この曲をエンドレスリピートして、すべてがフィクションだけれど、彼女のその時々をずうっと想像していた。

 

ポジティブさのバケモノに自らか他者によってか、多分いろいろな循環のうねりをくぐって成り果ててしまった。

呪いのような孤独を埋めてくれるような瞬間があったんだろう。

 

幸福に包まれていたとき

ひみつをしってしまったとき

それでも不安定で人を踏みつける橋を渡ろうとしたとき

疑念で心がつぶれそうに揺らいだとき

ひみつがどうしようもなく汚くバレてしまったとき

親しい人に裏切りを釈明したとき

 

処刑台に登る一歩一歩で何が脳裏に何が浮かんだ?

 

そうして、終わったあと

棘のつき出た地面を這いずり回る。

 

思い浮かべただけで、動悸がする。

 

僕みたいに一人の女性の傷つきを消費する好奇の視線は、彼女にどう映るんだろうか?

 

雲はながれて 形を変えては 消えてく

はじめから 意味なんて なにも無かったみたいに

 

この曲は彼女の唄になった。

 


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